邦題「三月の水」のデジタル・リマスター盤。
プリント・アウト出来ます。
 ジョアン・ジルベルト本人が認証したオリジナル・アナログ・テープ使用のスペシャル・エディションです。CD化以来初めての正確なクレジット、歌詞、対訳付きです。
 ボーナス・トラックとして64年カーネギー・ホールでのライヴ演奏を収録しました。
ジョアン・ジルベルト
 彼がボサノヴァの歴史を創ったこと、彼がいかに天才であるか、そして数々の奇行ぶり等は今までにもさんざん書かれてきているので、ここではあまり詳しくはふれないでおきます。とにかく1959年のChega de Saudadeから今日までボサノヴァの法皇として君臨し、数多くの若手ミュージシャン、ジャズメンにいまだに尊敬され影響を与えていることは素晴らしいことです。今年(2001年)6月には70歳の誕生を迎えました。

ジョアン・イン・NY
 1965年に、シコ・ブアルキの姉ミューシャと二度目の結婚をしてベベウという名の娘も翌年生まれました。ようやく【Getz/Gilberto】の印税も支払われ、以前のニューヨーク暮らしほど金銭的にも困らなくなったそうです。1970年突然、名曲「ベサメムーチョ」の作者コスエロ・ヴェラスケスの妻からメキシコの居城に招かれ実に7年ぶりのスタジオ・レコーディングをしました。アレンジャーにLAからオスカー・カストロ・ネヴィスを迎えたそのアルバムは"Ela e Carioca "というタイトルで、メキシコのOrfeonから発売されたのです。    そして3年間が瞬く間に過ぎ、1972年のある日、ウェンディ・カーロスと名のる女性から突然連絡を受けました。会ってみてビックリ!1968年世界で初めてムーグ・シンセサイザーを使ってバッハの名曲を多重録音し、あのグレン・グールドにも絶賛されたミリオンセラー【Switched on Bach】を創ったウォター・カーロスがウェンディと名前を変え、性転換をして女性になっていたのです。
 彼女?の話とは、『私は以前からあなたの音楽の大ファンで、是非レコードをプロデュースしたい。』との申し入れだったそうです。
 少しだけ思案したジョアンは一つだけ条件を出しました。「好きな曲をレコーディングすること」  ウェンディの条件は二つでした。ウェンディがエンジニアを務める」「オーケストラは使わず、ジョアンのギターとヴォーカルそしてパーカッション一人だけ」
 ジョアンにとっては歓迎できる条件でした。というのも当時彼もそんなアイディアで、アルバムを創りたいと思っていたそうです。まさにボサノヴァ創生期の頃イパネマにあったナラ・レオンのマンションで仲間達との深夜セッションのスタイルそのままです。
 早速彼は選曲を始めました。1939年の曲から若手の新曲まで、彼の頭の中では、新しい曲も古い曲も関係ありません。ジョアンが演奏すればどんな曲も、ジョアンの命を吹き込まれてしまうからです。 ジョアンと妻ミューシャ、それにアメリカ人のドラマー、ソニー・オカーの三人でレコーディングは始まりました。
 1972年9月、まさにヴィラ・ロボスもびっくりのブラジルとバッハの出会いでした。

               このアルバムについて
 このアルバムは一見地味な作品に見えますが、ある意味ではジョアン・ジルベルトの音楽の究極の到達点とも言えるでしょう。ご存じのようにジョアンはコンサートでバック・ミュージシャンを一切使いません。 「協調性がない」とか「我が儘だ」とか言われていますが、彼にはバック・ミュージシャンが必要ではないのです。もっと言えばバック・ミュージシャンが邪魔なのです。注意深く彼の演奏を聴くと、メロディーの乗せ方によって、歌詞によってギターのコードを微妙に変化させています。ジョアンの声とギターが一体となって、誰にも真似のできない、また誰の進入も許さない、完璧なまでに完成された世界が出来上がっています。
 ジョアンのレコーディングはまず、彼の声とギターだけが録音されます。その後のオーヴァー・ダビングにはジョアンは立ち会わないそうです。  後に[Amorosso][Brasil][Joao]と3枚のアルバムで、アメリカ人のアレンジによるオーケストラをバックに起用していますが、ジョアン自身の話によると、いずれのアルバムもオーケストラが録音される前の「ジョアンの声とギター」だけのものが一番気に入っているそうです。
 そう言った意味でもこのアルバムこそが、まさに2000年のグラミー・ベスト・ワールド・レコードを獲得した「声とギター」に結実したジョアン・ジルベルト・ワールドへの出発点と言えると思います。
 このアルバムではギターの調弦を変えています。最低音がDであったりすることを見ると、どうも全体的に調弦を2度下げてあるようです。ピッチも曲によって微妙な違いを見せています。ポピュラーでは滅多に使われないE♭mで演奏している曲もあります。これは推測にすぎませんが、「彼の耳に響く理想的な音を求めた結果なのではないだろうか?」とも思われます。  完璧主義者のジョアンが100%の自由を得て創り上げた究極の一枚。天才の紡ぎ出す本当の凄みをじっくりと味わってください。

 曲目解説
   1) アルバムの始まりはジョビンの「三月の水」。この曲は1972年ZENというレーベルから発売されているジョビンとジョアン・ボスコのシングル盤という超レアなかたちで発表されたのが、初めてです。1972年という年に注目すると、ジョビン亡き今となっては知るよしもありませんが、この曲はジョアンのために作曲されたもののように思えてなりません。その後ブラジルのアーティストは無論、なんとあのアート・ガーファンクル!他多くのミュージシャンにカヴァーされていますが、このジョアンの演奏にかなうものを見つけることは出来ません。超絶唯一無二の演奏です。断言します。  少々楽理的になりますが、この曲4拍子の曲に3拍の基本的なメロディーをのせ、それぞれが、伸びたり縮んだり、融通無碍な動きをすます。メロディーを支える和声も微妙で予想もつかない変化をして、まるでモノ・フォニーのフーガ、かのジャン・セバスチャン・バッハも天国で息子達の膝を叩いて、おおいに楽しんでいることでしょう。
 2)「ウンデュー」ジョアン本人の曲ですが歌詞は意味不明です。まるで作詞家に渡す前のデモ・テープのようですが、そこはジョアン、ペダル・トーンを多用したギター演奏は唸らざるをえません。
 3) サルヴァドールの「サパテイロ坂下」での出来事を歌った1938年のアリー・バホーゾの名曲です。「ボンファに捧ぐ」以来久々のジョアンのギター演奏が聴かれます。原曲のメロディーはほとんど顔を出さず、ほとんどジョアンのオリジナル曲のようです。97年カエターノ・ヴェローゾはアルバム「Livro」でこの曲を取り上げ、伴奏の管楽器にはジョアンのギター・フレーズをそのまま使っています。
 4) 「ベランダ」。カエターノにとっては同郷バイアの大先輩で、神様のごとく尊敬していたジョアンがこの曲をレコーディングしてくれ、まさに天にも昇る気持ちだったでしょう。1967年カエターノとガル・コスタとのアルバム【DOMINGO】で発表されています。ここではジョアンにしては珍しくアルペジオ・スタイルでギターを弾いています。
 5) 「偽のバイア娘」。作者のジェラルド・ペレイラは第2次世界大戦後おおいに幅を効かしたマランドロ(ブラジル風ギャング団)の親分でサンバの作曲家という変な人です。ジョアンのギター奏法歌唱とともに素晴らしいの一言ですね。
 6) 「サンバが欲しい」。ここからはオリジナルのアナログ盤のB面になります。40年代にブラジルで沢山あったヴォーカルグループ「ナモラードス・ダ・ルア」のヒット曲です。 ジョアンもそんなヴォーカル・グループ「ガロットス・ダ・ルア」のメンバーだったこともありました。残念ながらまだ聴いたことはありませんが、話によると当時のジョアンは嫌々ながらもベルカント唱法で歌っていたそうです。もちろん、職務怠慢ですぐに首になってしまったそうですが。1951年に2曲の録音が残っている筈です。
 7) 「僕はバイアから来た」はカエターノの同士ジルベルト・ジルの曲です。カエターノと同じバイア生まれのジルもジョアンが取り上げてくれて大感激したことでしょう。 ジェガ・ヂ・サウダーヂ同様、とても不思議な構成をしていますが、ジョアンは素晴らしいリズムで唄いこなしています。
 8) 「ヴァルサ」ワルツのことです。ジョアン自身の作で副題にもあるように、生まれたばかりの娘ベベウのための子守唄だったのでしょう。ジョアンにしては珍しく一部ダブル・ヴォーカルで録音していて、いまやアンティークな響きのエコーと共に不思議な効果を出しています。
 9) 「謝らなくては」。カルロス・コケイジョという最高労働裁判所の裁判長だった人の作です。歌詞のことを考えると皮肉な気もします。
 10) 「イザウラ」。これまた40年代の曲です。ミューシャによるとこの曲のため一月の間、朝も夜も二人でキッチン、リヴィング、風呂場と所構わずに練習を重ねたそうです。その甲斐あってか、各コーラスで変幻自在するジョアンのカウンター・ハーモニーは超一級モノです。是非、注意深く聴いてみて下さい。
 ボーナス・トラック
 11) 数少ないジョアン・ジルベルト作曲による「ボンファに捧ぐ」。1964年にカーネギー・ホールで収録されたライヴ・レコーディングです。僕の耳にはどうしても、ベースのキーター・ベッツがジョアンの邪魔をしているように聴こえるのですが皆さんはどうでしょうか。とは言っても名演には間違いありません。 オリジナル・レコーディングは1960年発表のアルバム

                              by Shigeki Miyata