
| 1967 - 1982 |
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| 1967 4月:シャンソン歌手ジルベル・ベコーの招きで、ドイツのザールブリュッケンで西ドイツにおけるカラーTV放送開始の記念番組に出演。 5・6月パリで過ごす。 7月(ニューヨーク):【ビレッジ・ヴァンガード】に出演。 ブルックリンに一時転居。 8月:ニュージャージーに家を借りる。その家にはマイルス・デイヴィス、ジェリー・マリガン等多くのジャズ・ミュージシャンが頻繁に訪れるようになる。 12月(ニューヨーク):【ビレッジ・ヴァンガード】に出演。 1968 7月:ニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンのツアーを行う。 10月(ニューヨーク):ダイナ・ショアーのTV番組に出演。 1969 2月(メキシコ・シティー):アツチューロ・カストロ指揮によるオーケストラをバックにしたコンサートが始まる。しかし6回の公演の後、様々なトラブルで中止となる。 4月:メキシコでのコンサートを再開、2週間の公演を無事終了。 メキシコ・シティーでの日本風の家を借り、その後2年間そこに住む。 1970 7月(メキシコ・シティー):アルバム【ジョアン・ジルベルト・エン・メヒコ】をレコーディング。 プロデューサー;マリアーノ・リヴェラ・コンデ。アレンジャー;オスカル・カストロ・ネヴィス。 1971 4月:リオデジャネイロに戻りホテル・グロリアに部屋を借りる。 9月:サンパウロのTV局TVツピーの番組に、カエターノ・ヴェローゾ、ガル・コスタと共に出演。 以降リオデジャネイロのボタフォーゴにある、若きバイアーノたち(カエターノ、ガル、ジルベルト・ジル等)のアパートを頻繁に訪れるようになる。 1972 1月3日から22日(ニューヨーク):ロックフェラー・センター内のレインボウ・グリルでスタン・ゲッツとのショウを行う。 1973 3月(ニューヨーク):アルバム【ジョアン・ジルベルト】をレコーディング。ミウシャとのデュエットも収録。 1976 3月(ニューヨーク):スタン・ゲッツ、ミウシャとアルバム【ザ・ベスト・オブ・トゥー・ワールド】 をレコーディング。発売にあわせてニューポート・ジャズ・フェスティヴァル出演が決定。 しかしスタン・ゲッツとの意見の相違でキャ11月(ロス・アンジェルス):アルバム【マモローゾ】をレコーディング。 1977 グラミー賞最優秀ジャズ・ヴォーカリストにノミネートされる。 9月(ニューヨーク):ボトム・ラインにて4日間のライヴを行う。 1978 3月(サルヴァドール):テオトロ・カストロ・アルヴェスにてコンサート。ゲストにヴィニシウス・ヂ・モラエスを迎える。 4月(サンパウロ):テアトロ・ムニンシパウにてコンサートを行う。 12月(サンパウロ、サルヴァドール):コンサートを行う。 1979 7月(ニューヨーク):カーネギー・ホールにてコンサートを行う。 11月(リオデジャネイロ):カネカオンにてコンサートの予定。リハーサル中の音響が気に入らずキャンセル。 1980 6月(リオデジャネイロ):テアトロ・フェニックスでTVグローボの特別番組【ジョアン・ジルベルト・プラード・ペレイラ・ヂ・オリヴェイラ】を収録(その模様は後に同名タイトルのアルバムで発売)。番組ゲストとしてベベウ・ジルベルトとヒタ・リーが共演。バックはアルセウ・ボッチーノ指揮のオーケストラがつとめる。 1981 (リオデジャネイロ):アルバム【ブラジル】をレコーディング。共演はカエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、マリア・ベターニャ。そのレコーディングの模様は、スガンゼルラ監督による短編ドキュメント・フィルムとして撮影された。 8月(サンパウロ):テアトロ・ムニンシパウにてコンサート。バックはワルテウ・ブランコ指揮のオーケストラがつとめる。1982 8月(サルヴァドール):テオトロ・カストロ・アルヴェスにてコンサートを行う。 4月(サンパウロ):文化芸術劇場にてTVバンデイランチスの特別番組を収録。特別ゲストにネイ・マットグロッソを迎える。 |
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